「世界マラリア・デー」に思う
2023/04/29
世界3大感染症とは?
世界中をパニックに陥れた SARS-CoV-2 による パンデミックも、
収束とまではいかないまでも、一つの区切りを迎えようとしています。
我が国でも、大型連休明けの5月8日をもって、感染症法上の位置付けが、
現在の2類から、季節性インフルエンザ等と同じ5類に引き下げられることが決まりました。
この決定には、当然のことながら、立場により、賛否両論あるようで、
確かに、はたして本当に正しい決定なのかどうか、
現時点では何ともいえないところかと思いますが、
種々の規制が解除され、日常が戻ってきた一般の国民の意識が、
「感染症はもう終わった」とならないこと願うばかりです。
なぜなら、この地球上で生活する限り、我々人類と感染症との縁が切れることはなく、
それは歴史を振り返ってみても明らかではありますが、今後、
いえ、今この瞬間も、CoVID-19 以上に手強い感染症の病原体たちが、
虎視眈々と自己主張を始め、勢力拡大を狙っているからです。
一時的な流行、すなわちパンデミックではなく、
地球上で持続的に、多くの感染者や犠牲者を出し続けている感染症はいくつもあります。
それらの中でも、『世界三大感染症』と呼ばれるものをご存知でしょうか?
AIDS(後天性免疫不全症候群) ... HIV(ヒト免疫不全ウイルス)による → 血液・体液を介して感染
結 核 ... 結核菌(細菌)による → 空気感染、飛沫感染
マラリア ... マラリア原虫(寄生虫)による → 蚊が媒介
国連は、持続可能な開発目標(SDGs)の一つとして、
2030年までにこれら『世界三大感染症』の制圧を掲げていますが、
COVID-19の蔓延という予期せぬ事態も加わり、仲々難航しそうです。
COVID-19とは違い、これら疾患のパンデミックは、
現在も継続していると言っても過言ではありません。
ところで、一口に「感染症」と言っても、その原因となる病原性微生物の種類は様々です。
細菌、ウイルス、マイコプラズマ、真菌、リケッチア、原虫(寄生虫) etc...
もちろん、それらの各々に、またたくさんの種類があり、対処法も違ってきます。
上記、「世界三大感染症」と呼ばれる疾患は、原因となる病原性微生物が、
各々、ウイルス、細菌、寄生虫 と異なっており、
すなわち感染拡大の経路も全く違っているところが、また興味深いです。
これは、どんな種類の微生物であっても侮ってはいけない、
人間の想像力を遥かに超えた生存戦略を微生物は持ち合わせている、
のだということを如実に示しているとも言えますが、
感染経路や病原体の生物としての特殊性と言う点では、
ヒト → ヒト への感染経路をとらないマラリアが、
最も特徴的であると考えられるかと思います。
では、その「マラリア」とは、どのようにして罹り、
どんな経過・顛末をたどる病気なのでしょうか?
マラリアってどんな病気?
蚊が媒介して原虫が赤血球に寄生する
マラリア(malaria)は、「悪い(mal)空気(aria)」という意味の
古いイタリア語を語源とし、現在でも、年間推定感染者約2億人、
死者は数十万人から百万人と言われる深刻な感染症です。
Plasmodium 属の寄生虫 -マラリア原虫を持った蚊(ハマダラカ)に刺されることによって
ヒトの赤血球内にマラリア原虫が寄生することにより発症しますが、
1880年にフランスの病理学者であるシャルル・ルイ・アルフォンス・ラヴラン(1845~1922年)が
赤血球内に寄生するマラリア原虫を発見するまでは、空気感染する病気と考えられていました。
その後の研究で、メスのハマダラカが産卵のためヒトを吸血する際、
唾液腺に集積していたマラリア原虫のスポロゾイトがヒト体内に侵入すると、
血中に入ったスポロゾイトは45分程度で肝細胞に取り込まれ、肝細胞内で分裂を開始し、
数千個のメロゾイトになった段階で肝細胞を破壊して血中に放出されることがわかりました。
赤血球に侵入したメロゾイトは、輪状体(早期栄養体)、栄養体(後期栄養体、あるいはアメーバ体)、
分裂体の経過をたどり、8~32個に分裂した段階で赤血球膜を破壊して放出され、
新たな赤血球に侵入して上記のサイクルを繰り返すことにより、増殖します。
こうして増殖を繰り返し、短期間にどんどん赤血球を乗っ取っていくのですが、
原虫により膨らんだ赤血球が細い脳血管に詰まったりすると、
脳マラリアと呼ばれる状態となり、意識障害や腎不全などを起こし、死に至ることもあります。
マラリア原虫には数種類あり、ヒトに感染するものとしては、
重症化しやすく最も致死的な 熱帯熱マラリア(P. falciparum)、
再発・周期的な発熱を繰り返すこともある
三日熱マラリア(P. vivax)、四日熱マラリア(P. malariae)、卵型マラリア(P. ovale)
の4種があるとされてきましたが(( )はいずれも原虫名)、
2004年以降は、それまでサルのマラリアとされてきた P. knowlesi のヒトでの集団感染例が相次ぎ、
2012年には、マレーシアから帰国した日本人の発症例(輸入マラリアと呼ばれる)
も報告されるなど、人畜共通感染症の新たなマラリアも加わりました。
マラリアは、熱帯・亜熱帯を中心に世界 100カ国以上で蔓延していると考えられ、
患者数は約2億人/年(累計ではありません)、
死者は、 21世紀に入って激減したものの、
現在もまだアフリカの子供を中心に 60 -70万人/年であると推定されています。
死者のほとんどは、熱帯熱マラリアによるものですが、
蚊の媒介を必須とし、ヒト → ヒト への感染経路をもたない疾患でありながら、
lこれだけの感染者や死者を出しているとは、驚異的かつ脅威的な感染症です。
(サルマラリアと呼ばれてきた P. knowlesi については、
サル-蚊-ヒトでの感染サイクルは確認されているものの、
ヒト-蚊-ヒトでの自然感染はまだ確認されていないうようです。)
致死的ではないとされる三日熱マラリアや卵形マラリアでも、
肝細胞内で原虫の休眠体(ヒプノゾイト)が形成された後、
分裂を開始して血中に放出され、高熱を伴う症状が再発を繰り返すことがあり、
四日熱マラリアでは、軽度の原虫血症が何十年も持続して,
免疫複合体を介した腎炎またはネフローゼや熱帯性脾腫に至ることもあるなど、
きわめて厄介な疾患であることに違いありません。
地球温暖化の影響により、マラリア媒介蚊が生息し得る国や地域は拡大し、
我が国でも、南西諸島などは、マラリア自然発生の条件を満たす環境となっています。
またこれまでも、海外からの帰国者による輸入マラリアの例はありましたが、
COVID-19による行動制限が解除され、海外航行者が以前の水準に戻った場合、
再び増加する可能性があることは疑いありませんし、
日本ももはや、マラリア感染は「対岸の火事」と言い切れなくなっていることを、
国も国民も、認識する必要があるのではないでしょうか?
実は、かつて私も、この「マラリア」という感染症の研究に
携わっていたことがあるのですが、文部科学省が
寄生虫分野の研究としてはかなりの額の研究費をマラリア研究機関(者)に配分するなど、
当時から我が国でもも制圧・撲滅のための研究を推進する動きは盛んだったのですが、
日本のみならず、世界中の研究者たちが、自らの危険をも顧みず、
簡易キットを持って現場に足を運び、患者の採血をしたり、蚊を捉えたり、
その情報をもとに治療薬やワクチン開発に奔走したりと、
寝食を忘れて研究に没頭しても、マラリア原虫はそれを嘲笑うかのように、
巧みにヒトの免疫機構をすり抜け・・・
結果、未だマラリアの制圧・撲滅には至っていないという現実があるのです。
COVID-19のように、早期にワクチンや治療薬が開発された感染症もある一方で・・
と、忸怩たる思いです。
世界マラリア・デー
こんな「人類の敵」とも言えるマラリアの制圧・撲滅に向けて、
2000年(平成12年)4月25日、ナイジェリアにおいて、マラリア撲滅国際会議が開かれました。
これを記念して、WHOが、4月25日を「世界マラリア・デー」(World Malaria Day)と制定し、
2008年(平成20年)より、この日を中心に、世界中で、
マラリアの撲滅を呼びかけるイベントやキャンペーンなどが開催されるようになりました。
それに先立ち、2002年1月にはスイス・ジュネーブで、
低・中所得国での三大感染症対策に資金を提供する機関として
『世界エイズ・結核・マラリア対策基金』(略称:グローバルファンド)が設立されました。
国連内に作られた基金ではなく、個人や企業の出捐による民間財団でもなく、
政府・民間財団・企業などが拠出した巨額の資金を運用する官民パートナーシップにより
成り立っていることが特徴で、G7をはじめとする国際社会から大規模な資金を調達し、
100以上の国・地域に支援しています。
誇らしいことに、日本はこのグローバルファンドの「生みの親」のひとつと言われています。
2000年のG8九州・沖縄サミットで、議長国である日本が、
感染症対策を主要課題として取り上げ、追加的資金調達と国際的なパートナーシップの
必要性について、G8諸国が確認したことが、設立の発端となったからです。
感染症=病気 の制圧というと、治療薬やワクチン開発にばかり目が行きがちですが、
マラリアという病気の特殊性を考えた場合、
まずは媒介蚊に刺されないようにするため、流行地域に蚊帳を配布したり、
ボウフラの発生を抑えるため、上下水道を整えるなど、
生活環境の改善を試みるだけでも、効果が認められるものと思われます。
実際、かつては 推定200万人程度だった年間死者数が、今世紀に入り激減した背景には、
アフリカ南部地域などにおいて、殺虫剤で処理された蚊帳を利用できる人が増えたことが
考えられると WHOも発言しています。
他には、簡易診断キットの開発・普及により、安価で早期診断が可能となったこと、
生薬から抽出されたある成分が、マラリアに効果を示すことがわかり、
安価で副作用の少ないマラリア治療薬として
多くの地域に行き渡るようになったことなどもあります。
早期の治療薬やワクチンの開発を望むことはいうまでもありませんが、
それには、時間やお金はもちろん、高度な専門知識を要する人材や設備も必要となります。
その完成を待つのではなく、より簡単かつ迅速に実行に移せ、
副作用の心配もない「マラリア感染防止対策」にも力を注ぐべく、
グローバルファンドを有効活用していただきたいものだと願う次第です。
そして、マラリアのみならず、1日も早く『世界三大感染症』が制圧されますよう
祈らずにはいられません。
引用元; NIID 「マラリアとは」
「世界マラリア・デー」 他